第20回 "Free From"食品はどこへ向かっているのか?
イギリスはベジタリアンの多い国だ。動物の殺生を避けるために、肉や魚を食べず、植物性の食品だけで生活していこうとする人たちだ。
ロンドンのレストランには必ずベジタリアンメニューが用意されているし、スーパーにはベジタリアンコーナーがある。ある統計では、英国人の2%、100万人以上がベジタリアンだとされている。
話は変わるが、スーパーでグルテンフリーの食材を見かけたことがあるだろうか。小麦アレルギーやグルテン不耐性の人々向けの食品だ。イギリスでは新商品が次々と開発され、これらの体質をもつ方々でも豊かな食生活が送れるようになっている。
この一見何のつながりもないようにみえる二つの食生活が、いまイギリスで緩やかに結びつきつつある。今回は、そんな時代の最先端をいく英国食事情を追う。
1.自然食品展示会にて
"Natural & Organic Products Europe" という英国最大の自然食品展示会には、キヌアフレークやらトーフバーガーやら、世の中の自然食品が一同に会するのでとても楽しみにしている。
昨年の流行は抹茶とココナッツだったが、さて今年の目玉は何だろうか?
どっかーん
今年の会場では、奥の方の4分の1ほどのスペースを"Vegan World"(ビーガン・ワールド)が陣取って、華々しく新商品を展開していた。
Vegetarian(ベジタリアン)が肉や魚を食べないことは先ほど説明したとおりだが、Vegan (ビーガン)は、肉・魚だけでなく、乳製品や卵など一切の動物性食品を食べず、厳格に植物性食品だけを食べて生きていこうとする人たちのことをいう。
かなり特殊な食生活を送るビーガンだが、英国には50万人以上いて、年々増加しているという。ビーガンたちに向けた商品がこんなに多様に展開しているとは!と面食らいつつ、Vegan Worldに足を踏み入れていく。
なんじゃこりゃ。
「ラクトースフリー、グルテンフリー、パームオイルフリー」「ノー大豆、ノー精製糖」・・・。
もはや動物性食材に留まらず、ありとあらゆる物質がビーガン食品から追放されている。まるで、フリーの数が多ければ多いほど良いという風潮。
無い無いづくし。
「〇〇フリー」を謳う商品を、欧米ではまとめて"Free From"(フリーフロム)商品と呼ぶ。
グルテンフリーやラクトースフリーといったフリーフロム商品は、もともとは小麦アレルギーや乳糖不耐症の人たちのための食材のはず。なぜビーガン向けにFree From商品が並んでいるのか?ビーガンが小麦を食べて何が悪いのか??
頭からハテナマークがいくつも飛び出しそうになったので、とりあえず目の前の試飲ミルクを一口。
ううっ。よくみると、亜麻仁(flax)ミルクと書いてある。ミルクフリー、ラクトースフリー、グルテンフリー、大豆フリーらしい。頭も舌も混乱に陥ったまま、逃げるように会場から退散。
2.健康なライフスタイルを求めて
いまやビーガン市場は、動物性食品を追放するだけでなく、あらゆる形態のFree From商品を取り込んでいる。グルテンフリーやラクトースフリーの食品が、アレルギーや不耐症と関係のない人々に購入されているということだ。
この現象をいったいどう理解すればよいのか?
ある調査によると、英国民の3分の1が Free From商品を半年間に1度以上購入しているという。そのうちの4分の1は、アレルギーのためというよりも「健康なライフスタイルを送るため」にFree From商品を購入したと答えている。
この「健康なライフスタイル」という、わかったようで意味の分からん言葉がキーワードのようだ。その実態を追っていくうちに、耳慣れない言葉に辿り着いた。
"Clean Eating"(クリーン・イーティング)
「クリーンな食生活」とでも訳せばいいのだろうか。加工食品を避け、果物や野菜を自分で調理して、健康な食生活を送る。日本でいう「ロハス」に近いかもしれない。
いまイギリスで、クリーン・イーティングが大いに流行っている。
多くのセレブを虜にするクリーン・イーティング推進の立役者となっているのが、その名の通りのClean Eating Aliceさん。適切な食事と運動の組み合わせで、随分と痩せて美しくなったという。インスタグラムを多用して健康メニューの写真を投稿し、ブームに火をつけた。www.thesun.co.uk
彼女のやっていることは至極全うだ。果物や野菜を使った簡単な料理のレシピを公開し、美味しく食事しようと呼び掛ける、極めてシンプルな主張だ。
しかし、"Clean"という言葉を裏返すと、"Dirty"という概念が見えてくる。
クリーン・イーティングが勢いを増すのに合わせて、ダーティな食材を追放しようという動きが出てきた。肉、魚、乳製品、グルテン、ラクトース、精製糖、パームオイル、GMO、MSG、、。これらすべてをひっくるめて"ダーティ"の烙印を押し、市場から排除しようとしている。
クリーン・イーティングブームに乗じたダーティ追放運動。私が自然食品展示会で見たFree Fromの新商品の数々は、こんな動きに乗じた商売魂の現れといったところのようだ。
3.スーパーマーケット探索
さて、フリーフロム商品は、英国の食品市場にどれだけ浸透しているのか。 実態を確かめにスーパーマーケットへ行ってみた。
ここは、ロンドン郊外の高速道路沿いにあるWaitroseの大規模店舗。品質重視の高級スーパーだ。
でかっ。
店内もひ~ろびろ。
フリーフロム商品はどこに売ってるかなー。と探す間もなく、Free Fromコーナーを発見。
それでは、ここで問題。このお店に、Free From商品はどれくらい置かれているでしょうか?
ヒントはこの写真。
答え。上の写真に写っている商品、ぜんぶ。これがFree Fromコーナーの全容で、棚の中の商品すべてが「フリーフロム」なのだ。
グルテンフリー商品が棚の8割を占めていて、残りが乳製品フリーとこれらの組み合わせとなっているようだ。怪しい原材料のシリアルに乳製品を使わないチョコ、グルテンフリーの醤油まである。
私が棚のチェックをしている間にも、お客さんがひっきりなしにFree From商品を買っていく。年齢層は様々。それぞれのライフスタイルに合わせた商品を選んでいるようだ。
4.恒例の実食タイム
ここまできたら、やはり、Free From商品を自分で食べてみないわけにはいかない。ということで、これならたぶん食べられそう。。という商品をいくつか買って帰ってきた。
① Walkersのショートブレッド
"イギリスのお菓子といえばWalkers"と言っていいほど有名なショートブレッドにも、グルテンフリーバージョンがあった。普通の商品とグルテンフリー版を両方買って、食べ比べてみる。
グルテンフリー版には日本語表示が無い。日本へは輸出されていないようだ。
むむっ。グルテンフリーも意外とうまいぞ。サクサクしていて、いつものより食べやすいかも。と思いながら原材料をみて、納得。
原材料表記のトップに"rice"の文字が。これ、米粉クッキーじゃん!そりゃうまいわ。
②グルテンフリーのパスタ
Free Fromコーナーに大量に並んでいたグルテンフリーのパスタも購入。少し透き通った感じの麺が特徴だ。
このパスタの正体は、トウモロコシ粉。茹でると汁が粉っぽくなるが、麺の茹で具合に違和感はない。
茹で上がった麺をそのまま一口食べてみるが、特に味がしない。そもそもふつうのパスタも大して味はしないから、比べようがない。
ミートソースをかけちゃったら余計にわからんね。ふつうに美味しくいただきました。
③ グルテンフリー✖ミルクフリーの食パン
Free Fromコーナーには、たくさんの種類の食パンが並んでいた。そのうち量がいちばん少なそうな商品を購入。グルテンフリー、小麦フリー、ミルクフリー、飽和脂肪酸低めとある。ヒマワリやら何やらの種を混ぜて、より健康食品的に仕上げてある。
一口かじってみたら、なんだか弾力に欠ける。つなぎだけを選り分けて食べているみたい。原材料は、、タピオカスターチか。さもありなん。
しかし、全体としてはよくできていると思う。バターを塗りまくって食べれば、もう違いなんかわからんね。
以上、刺激的な食後感想文を待っていた方には期待外れだったかもしれない。業界誌に「Free From商品は美味しくなければ売れない」と書いてあった。美味しいかどうかは微妙だが、少なくともふつうに食べられるレベル。多くの食品メーカーが注目するFree From市場も、かなりの激戦区となっているようだ。
この記事を書いている間にも、クリーン・イーティングを巡る賛否両論や、グルテンフリーの食生活はかえって健康を害するといったニュースなど、多くの話題を目にした。Free From市場の急速な拡大とこれを取り巻く様々な議論から、当面は目が離せないようだ。