ロンドン食と農の便り(Monthly Report)

ロンドンの食とイギリスの農業について毎月レポートを書きます。

第28回 チーズから学ぶ英国の地理

チーズの本場といえばフランスやスイスを思い浮かべるかもしれないが、チーズへの思い入れの強さではイギリスも負けてはいない。なぜなら、この国でもチーズ作りは地元の伝統に密着しながら営まれているからだ。

英国産チーズの由来を知ることは、イギリスの地理と歴史を学ぶことにほかならない。

 

1.Stilton Cheese

ロンドンの中心を貫くピカデリー通り(Piccadilly)から1本ずれたジャーミン通り(Jermyn Street)は、細い道ながら由緒ある老舗のひしめく商店街となっている。

そのうちのひとつ、パクストン・アンド・ウィットフィールド(Paxton & Whitfield)は、200年以上も昔からチーズを取り扱う専門店だ。店内にはヨーロッパ各地から取り寄せられたチーズがこぼれんばかりに並ぶ。

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f:id:LarryTK:20171218081701j:plain 王室御用達の紋章。左がチャールズ皇太子、右がエリザベス女王。この紋章についても後で特集を組みますよ

 

さて、今回の訪問の目的は、スティルトンチーズ(stilton cheese)を見つけること。イギリスの誇る地域名産品の代表選手だ。

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店内を見渡すと、黒い瓶の並ぶ棚を早速発見。これがスティルトンチーズだ。EU認証マークがキラリと光っている。

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スティルトンチーズはなぜ瓶に入れて売られているのか。瓶を開けるとすぐに答えがわかる。固まったヨーグルトのように青かびチーズが詰め込まれている。まとまって取り出すこともできず、スプーンでほじくり出すしかない。

f:id:LarryTK:20171217100947j:plain f:id:LarryTK:20171217101023j:plain ボロボロで食べにくいことこの上ない

どうしてスティルトンチーズはボロボロなのか。その答えを探るところから、今回の旅は始まる。

 

「スティルトン」でググってみると、ロンドンから北へ2時間、高速道路M1沿いにStiltonという町が見つかる。

f:id:LarryTK:20171218174048p:plain Stiltonは昔はロンドンとエジンバラを結ぶ街道の宿場町だった

お~、これがスティルトンチーズ発祥の地か!と思ったみなさん。甘いよ。

確かにここはスティルトンチーズが「初めて売られた町」であるが、スティルトンチーズを作っているとは言っていない。実はその生産地はStiltonから北西へさらに1時間ほど進んだレスター(Leicester)に存在する。

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どういうことか。レスター州は牧場の多い地域で、新鮮な牛乳が手に入る。ここでチーズを作って宿場町だったStiltonへ運び、スティルトンチーズと名付けて旅行客に売っていたというわけだ。

時代を下って、レスター州で作られたチーズが「スティルトン」と呼ばれるようになり、そのままロンドンへ届けられるようになった。そしていまや、EU認証制度により、レスター州周辺で作られたチーズしか「スティルトン」と名付けることができない。

山梨で「箱根まんじゅう」を作って箱根へ運んでいたら、いつの間にか山梨でしか「箱根まんじゅう」を作ってはいけないことになった、という感じ。

 

2.工場へ

うんちくの塊のようなスティルトンチーズ。その秘密をもっと知りたくなって、つてを辿って工場見学させてもらうことになった。

レスターから北へ20分、Long Clawsonという田舎町へ。スティルトンチーズを生産する7つの工場の中で、最大の生産量を誇る。

f:id:LarryTK:20171203083013j:plain f:id:LarryTK:20171203083242j:plain 地元の牛乳を使うのも特徴のひとつ

工場内は撮影禁止のため、皆さんにお見せできないのが残念だが、意外と近代的でびっくりした。伝統的な製法を守りながら、できる限りの機械化を進めているとの説明を受ける。

スティルトンチーズの最大の特徴は、「プレスしない」ことだ。圧縮せずに何度もひっくり返すことで水分を抜き、円柱形に仕上げる。

そういえば、先ほどのお店にも、奥の冷蔵庫に円柱のチーズが保管されていた。あれがスティルトンチーズの元の姿だ。

f:id:LarryTK:20171217050457j:plain f:id:LarryTK:20171220172239j:plain やたらと嵩張るチーズだ

プレスせずに毎日ひっくり返して脆いチーズを作る。そんな面倒な製法を300年も守り続けてきた、いかにもイギリスらしいスティルトンチーズであった。

 

3.Red Leicester

レスターっ子には、岡崎選手のいるサッカーチーム、眞子様が通っておられたレスター大学のほかに、もうひとつ自慢があるという。それが、レッドレスター(Red Leicester)と呼ばれるチーズだ。ついでに、レッドレスターの地元も覗いてみよう。

 

レスターから西へ30分。Uptonというとっても小さな村に到着。ここにチーズショップがあるはずなのだが、何度村を行き来しても見当たらない。と思ったら、脇道に小さな看板を発見。 'Sparkenhoe Farm'と書いてある。もしかしてこれか??

f:id:LarryTK:20171221094453j:plain 看板がぽつねんと

砂利道を恐る恐る進んでいくと、レンガ造りの小屋を発見。中を覗くと、なんと、チーズが山のように積まれているではないか。

f:id:LarryTK:20171203062525j:plain f:id:LarryTK:20171203061919j:plain もっとお客にアピールしてよ!

チーズショップにはかわいらしいカフェも併設されている。黒板に書いてあったチーズトースティ(cheese toastie)を注文してみた。

f:id:LarryTK:20171203062349j:plain f:id:LarryTK:20171203062438j:plain とてもオシャレ

お姉さんがパンにチーズを挟んで焼き始めた。お馴染みのオレンジ色のチーズだったので、「これはチェダーですか?」と尋ねてみたら、「いやいや、この農場の牛乳で作ってますから、レッドレスターなんです」とのお答え。何か聞いてはいけない質問だったような気がする。

以前、あるレセプションで「シャンパンですか?」と聞いて「いえ、イングリッシュスパークリングです」と言われ、恥をかいたことを思い出す。仏シャンパーニュ地方で生産されたスパークリングワインしかシャンパンと呼ばないのと同じく、オレンジ色の固いチーズはどれもチェダーだと思っていた自分は間違っていたようだ。

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それではと、レッドレスターの山からひとかけらを購入。レッドレスターは、熟成が進むほど濃厚な味が際立ってくるとのこと。塩気が強く、サクサクと食べられる。赤ワインの最高のお供だ。

 

4.Chedder

ロンドンに戻ってからも、先ほどのチェダーを巡る会話が心に引っかかる。ハロッズの裏手にあるチーズショップ、ファイン・チーズ・カンパニー(The Fine Cheese Co.)へ本物のチェダーチーズ(Chedder Cheese)を探しにやってきた。

 

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英国産チーズの収集に力を入れるこのお店の棚には、イギリス各地のこだわりチーズが勢ぞろいしている。

その真ん中にあるのがチェダーだ。このチーズはもともとイングランド南西部のサマセット州チェダー村で作られたのが始まりとのこと。現在は世界各地で製造されているが、こだわりのチェダーは今でもサマセット州で作られている。

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チェダーの本来の色はクリーム色。お馴染みのオレンジ色は着色してできるものだったのね。日本で見る四角いチェダーとは大違いで、まるでパルメザンのように硬い。職人が丹精込めて作ったチェダーは、味も硬さも格別なのであった。

 

このお店には小さなカフェがあった。すこし休憩して行こう。 

f:id:LarryTK:20171204053812j:plain  f:id:LarryTK:20171204053537j:plain ワイン無しには食べられない

チーズプレートを注文したら、3種類のイギリス産チーズが運ばれてきた。いちばん右はオールドウィンチェスター(Old Winchester)。ロンドンの南西、海にほど近いウィンチェスターの町で、とびっきり硬いチーズづくりに励んでいるとのことだ。

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さすが牛と羊の国イギリス。各地でこだわりのチーズが生み出され、地域の誇りとしてその製法が受け継がれている。

最初のお店に戻って、壁に貼ってあったチーズマップを購入した。これまでに見てきたチーズのほかにも、チェシャー(Cheshire)やグロスター(Gloucester)など、各地のチーズが紹介されている。

私がイギリスにいる間にあといくつのチーズに出会えるだろうか。イギリスの魅力は、語っても語っても尽きることがない。