ロンドン食と農の便り(Monthly Report)

ロンドンの食とイギリスの農業について毎月レポートを書きます。

第35回 英国地物の魚を探し求める旅

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イギリスは日本と同じく海に囲まれた小さな島国だ。英国近海で獲れる新鮮な魚が豊富にあってもいいはずだが、ロンドンのスーパーで見かけるのはタラとサーモンの切り身ばかり。

f:id:LarryTK:20180617185727j:plain タラの切り身とサーモンの切り身とタラの切り身

それならいっそ港町まで行って、地物の魚をゲットしようではないか。ところが、海まで出て行っても目に入るのはFish & Chipsの店ばかり。残念ながらみんなが手に持っているそれはたぶん地物ではない。原料となるタラは北海で大量に捕獲され、冷凍状態で全国に運ばれてくるのが一般的だ。

f:id:LarryTK:20180617190406j:plain Fish & Chipsの隣にFish & Chips

イギリスでは新鮮な魚を手に入れることができないのだろうか。いや、諦めるのはまだ早い。頑張ればきっと美味しい魚に辿り着けるはず。

こうして私は、新鮮な魚介類を探し求めて英国内を彷徨い歩くことになった。今回はその足跡を振り返ってみたい。3年かけて辿り着いた結論は、「事前の十分な下調べ」と「人波に逆らって歩いていく勇気」があれば、美味しいお魚に必ず出会うことができるということだ。

 

1.ポーツマスにて 

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英国海軍の拠点港 Portsmouth(ポーツマス)は、歴史的な軍艦の隣に最新鋭の護衛艦が並ぶユニークな街だ。

港町だから美味しいシーフードレストランがたくさんあるはずと高を括っていたのが間違いの始まりだった。オシャレなショッピングモールに入っていたのは、ロンドンにもあるピザやチキンのチェーン店ばかり。

f:id:LarryTK:20180611041154j:plain f:id:LarryTK:20180611041249j:plain f:id:LarryTK:20180611041312j:plain

街中を歩き回ってようやく見つけたシーフードレストランに入る。街に一軒しかないように思われたそのお店はとても繁盛していて、私もサーモンやムール貝の盛られたシーフードプラッターを美味しくいただいた。

すべて平らげた後にメニューを見返していたら、「魚介類はスコットランドから直送しています」との説明を見つける。イギリスの北の端から南の端の港町までわざわざお魚を運搬しているというのだ!

 

この港には地物の魚は揚がらないのか。。翌朝、諦めきれずに旧市街をウロウロ歩いていると、小さな漁船を発見。やはりここは漁港でもあったのだ。 

f:id:LarryTK:20180611041606j:plain とうとう漁船を発見!!

漁船を見つけた区域は倉庫街のようになっていて、観光客が足を延ばすようなところではない。

立ち並ぶ倉庫の一角に鮮魚卸商の店舗を見つけた。個人客も歓迎という看板を信じて、おそるおそる中を覗く。

f:id:LarryTK:20180611041447j:plain f:id:LarryTK:20180611041509j:plain f:id:LarryTK:20180611041533j:plain 魚たちがわいわいがやがや

ありましたありました!

新鮮な魚介類がショーケースからこぼれ落ちんばかりに並んでいる。活きたエビとカニもいる。明らかに今朝ここで水揚げされましたという出で立ちだ。

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何尾かをまとめ買いしていく地元民らしき人たちが出入りしている。旅の途中の私たちは活魚を買うわけにもいかないので、茹であがったばかりのロブスターを一尾購入した。狭いホテルの部屋で悪戦苦闘しながら食らいつくと、凝縮されたうまみが口の中に広がって、思わずうっとりしてしまう。

 

2.イギリスのお魚事情  

ロンドンで魚に詳しい日本人といえば、駐妻のアイドル「プリヒル姉さん」を真っ先に思いつく。お名前のとおりPrimrose Hill(プリムローズヒル)が拠点だが、週に一度Marble Arch(マーブルアーチ)のお店に出てこられるとのことで、そちらへおじゃまして勉強させていただいた。

f:id:LarryTK:20180611045046j:plain f:id:LarryTK:20180611045117j:plain 和風おつまみがいっぱい

今回は事前にお刺身を注文して作っていただいた。ついでにお魚の原産地を根掘り葉掘り伺う。

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お刺身5点盛りの中身は、キハダマグロ(スリランカ)、サーモン(スコットランド)、シーバス(フランス)、ハマチ(日本)、ホタテ(日本)。なぜ英国産はサーモンだけなのか。その理由を姉さんは次のように語る。

  • 英国近海では獲れない魚が日本人のお好み(マグロなど)
  • 刺身にできる魚がいつどこで水揚げされるか予測不可能
  • 魚が手に入っても、丸々一尾分のお刺身の買い手を見つけるのは難しい
  • このため、英国の魚を刺身盛りに入れると値段が高くなる
なるほどなるほどと、いちいち深くうなずく。

刺身用の魚は入手困難だとしても、調理用であれば、英国近海で獲れた魚を見つけることはできるという。プリヒル姉さんのお店にも、英国産のお魚がたくさん並んでいた。

f:id:LarryTK:20180611045209j:plain f:id:LarryTK:20180611045228j:plain レモンソールの姿焼

英国南西に突き出たCornwall(コーンウォール)半島から直送されたレモンソールを買った。夕食はお刺身とレモンソールの姿焼。潮の香りでいっぱいだ。

 

3.プロの市場を覗く

いったいこの国のお魚の流通事情はどうなっているのか。プロの方にお願いして、ロンドン最大の魚市場 Billingsgate Market(ビリングスゲート市場)へ連れて行ってもらった。

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銀行や外資系商社の集まる新しいビジネス街Canary Wharf(カナリーワーフ)のど真ん中に魚市場がある。先にこの市場が存在していて、後からビジネス街が広がったのだ。

朝3時半。寝静まるビル群に囲まれて、仲卸業者やレストラン関係者の行き交うこの一画だけが活況を呈している。

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この市場では、築地市場と違ってセリが行われていない。市場に店舗を構えるそれぞれの卸売業者が、買い付け人と相対取引を行っている。

値段や産地の明記されていない商品も多く、鮮度もまちまち。その中から刺身にできる新鮮な魚を探し出すのがプロの目利きだという。一度でも質の悪い魚を掴んでお客に提供すれば、その店の信頼問題にかかわる。常に真剣勝負の厳しい世界だ。

 

4.Llandudnoのレストラン

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ウェールズ北部のちょこっと半島の突き出た先にあるLlandudno(???)は、知る人ぞ知る海岸リゾートの町。ウェールズ語で表記されたこの町の名前は、正直まったく発音できない。

この町でも観光客が海辺に腰かけてFish & Chipsに噛り付いている。その前を素通りして、事前にネットで見つけておいたシーフードレストランへ向かった。

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入店してメニューを開くと、なぜか肉料理しか載っていない。残念な店に入ってしまったんじゃないかと後悔していると、シェフがやってきて店内の黒板を指さす。

黒板にシーフードメニューがずらりと並んでいて、私の選択は間違ってなかったと胸をなでる。魚料理をメニューに載せていない理由は、入荷できる魚の種類が日々変わるので、定番メユーを決めておくことができないからだという。

黒板に6種類の魚介類(Brill(ヒラメの一種)、Cod(タラ)、Tuna(マグロ)、Swordfish(カジキ)、Monkfish(アンコウ)、Lobster(ロブスター))がメイン料理となっている。念のためシェフにどれが地物の魚かと聞いたら、このうち3種類(ヒラメ、アンコウ、ロブスター)だけが地物だという。

ふ~。わざわざ北ウェールズまで来て、またスコットランド産を食べるところだった。

f:id:LarryTK:20180611041853j:plain f:id:LarryTK:20180611041915j:plain おいし~い

ヒラメのグリルとアンコウのリゾット。遠くまで来た甲斐がありました。

とてもいいお店なのに、看板は控えめで店内は狭い。私たちが食事している間にも、何組ものお客さんが入ってきたが、満員だと断られていた。彼らはどこかの店でFish & Chipsを食べることになるのだろう。

ひっそりと営業する予約必須の小さなお店。地物の魚はそういった店にこっそりと卸されているようだ。わかる人だけが来てくれればよい、というポリシーを感じる。

 

5.ロンドンに戻って

ロンドンでもきっと新鮮な魚が見つかるはずと、日系情報誌NewsDigestで紹介されていたHammersmith(ハマースミス)の魚やさんを覗いてみる。今回の探検は、日本人の情報網にかなり助けられている。さすが魚大国ニッポン。

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ショーケースに並べられた魚介類は、どれもこれも英国近海もの。冒頭でみたスーパーの魚コーナーとの違いが大きすぎる。こだわる人はこだわりの店へ行きなさい、というのがこの国のスタイルなのか。

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店員のお兄さんが魚や貝の獲れた地域をひとつひとつ丁寧に説明してくれる。

以前から探していたスコットランド産のlangoustine(ラングスティン:手長海老)を入手した。何尾かおまけに追加してもらって、夕食は豪華なエビ料理となった。シンプルに茹でるのがいちばん美味しい。 

 

6.ロンドンのこだわりレストラン

Soho(ソーホー)のBrewer Streetは、非常にごちゃごちゃした通りで、日本食材店やらちょっと怪しいアジアンレストランやらマッサージ屋やら新感覚のバーガー屋やら、なんでもかんでも並んでいる様相。

そんな雑多なお店に囲まれて、ハイエンドなモダンブリティッシュ料理のHIX Soho(ヒックス)が店を構えている。これまで何度も店の前を通ったはずなのに、いままでまったく気が付かなかった。 

f:id:LarryTK:20180611161517j:plain f:id:LarryTK:20180611161550j:plain 控えめに店を構える

店内は明るく、スタッフが親しげに話しかけてくる。仕事帰りのビジネスマンや、これからミュージカルを観に行くのであろう美しいドレスの女性たちがシャンパンを傾けている。片意地貼らない居心地のよさがこの店のウリのようだ。

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カジュアルな雰囲気のレストランだが、メニューには食材にこだわった料理が並び、実に充実したラインアップとなっている。

その中から今回選んだのは、コーンウォールのPortland crab(ポートランド蟹)とケント州のSt Mary's Bay hake(セントマリー湾のヘイク(タラの一種)) 。いずれも有名な地域ブランドで、日本でいえば越前ガニと関サバといった感じか。丁寧に調理されたお魚は素材のよさが活かされて上品なお味だ。

 

以上、行ったり来たりの忙しい旅に皆さんをお連れした。どの町に行っても、多くの英国人がFish & Chipsで満足していることは確かだが、探せば地物の魚に出会えるし、素敵な魚料理を紹介してくれるシェフもいる。ロンドンにもこだわりの魚介類が直送されて、「違いのわかる」お客たちにこっそりと提供されているのだ。

イギリスにはもっともっと美味しいお魚が隠されているに違いない。皆さんと探しにいってみようではありませんか。