ロンドン食と農の便り(Monthly Report)

ロンドンの食とイギリスの農業について毎月レポートを書きます。

最終回 お世話になった皆さんへ ロンドンの日本食レストラン総特集

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ロンドン滞在中の3年間、数多くの日本食レストランを訪問した。仕事で知り合った英国人に人生初となる日本食を紹介したり、職場の仲間と夜更けまで居酒屋で飲み明かしたり。

近年急速に発展を遂げるロンドンのレストラン界をけん引するのは、紛れもなく日本食だ。超高級店から大衆居酒屋まで、バラエティ溢れる日本食レストランがロンドン中で活躍している。

何度も足を運んで顔なじみとなったお店もたくさんあり、皆さんには大変お世話になった。最終回となる今回、できるだけ多くのお店をご紹介したい。

 

1.UMU

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ロンドンには、ミシュラン2つ星以上を持つレストランが12店しかない。そのうちの2つを日本食レストランが占めるというだけで、私たちもなんだか鼻が高い気持ちになる。

超高級レストランの密集するMayfair(メイフェア)地区の細い路地のつきあたり。UMU(ウム)の石井総料理長は、嵐山吉兆で修業した京料理の神髄をこの地に持ち込み、5年余りで2つ星の超高級店に仕立て上げた。

f:id:LarryTK:20180716184323j:plain 石井シェフの作り上げる小京都

素材にこだわり、味付けにこだわり、盛り付けにこだわる石井シェフの頑固一徹さには、周囲の者を軽々しく寄せ付けない厳しさがある。しかし、その厳しさの中で創作される作品にこそ、客を感嘆させる美味しさと美しさが宿る。

ロンドンに集結する世界一のお金持ちと世界一辛口な批評家を相手に、最高級の料理とサービスを提供するには、並大抵の努力では済まない。石井シェフは、この地でひとり世界トップレベルの戦いを挑み続けている。

 

2.Ikeda

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その昔、ロンドンに日本食レストランなどほとんど見当たらなかった頃、まともな日本食を出す店はIkeda(イケダ)くらいだったと聞く。

Mayfairに店を構えて30年以上の歴史をもつIkedaは、今もなお、極めて高いクオリティの和食を提供し続ける。ちらし寿司やトンカツ、焼き魚定食など、日本人にお馴染みの定番メニューに舌鼓を打つのは、ほとんどが白人やアジア人で、いかにも日本びいきな外国人の隠れ家のようだ。

f:id:LarryTK:20180716162952j:plain my favourite!

どれを注文しても美味しいことは間違いないが、その中でも私のお勧めは「うな重」だ。店の内装もサービスも日本そのもので、ふっくらと焼きあがった鰻を頬張っていると、まるで東京の小料理屋に座っているような錯覚に襲われる。

 

3.So Restaurant 

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Mayfairのレストランは高級店すぎて、プライベートで訪れるには敷居が高いと感じる方には、Regent Street(リージェント通り)を隔てたSoho(ソーホー)地区にまで足を延ばすことをお勧めする。

いつも陽気な浜オーナーのお店So Restaurant(ソー・レストラン)は、カジュアルな雰囲気の日本食レストランだが、料理の質の高さは折り紙付きである。山本ヘッドシェフのバックグラウンドであるフレンチテイストの加わった和食メニューは、見ても楽しく食べても美味しいと、常連客の評判も高い。

f:id:LarryTK:20180716162800j:plain フレンチ風和風ローストダック

ランチのちらし寿司など、リーズナブルなお勧め料理が数ある中で、フレンチっぽく鴨を使った料理もあって、バラエティ豊かなメニューに心躍らされる。実はこのお店には、中国系のお客さんが必ず注文する裏メニューもあるのだが、その内容はここでは秘密にしておく。

 

4.Engawa

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同じくSohoにあるEngawa(エンガワ)は、その名のとおり縁側のような小さなスペースで営業を続ける可愛らしいお店である。

店の一押し「箱膳弁当ボックス」もまた、可愛らしい小皿が詰め込まれた豪華な宝石箱のようで、弁当箱の蓋が開けられるたびに、店のあちらこちらでお客さんの黄色い歓声が上がる。

カウンターの向こうでは、清水シェフがそのいかつい体をぎゅっと縮めて繊細な手仕事に没頭している。その姿がとても微笑ましくて、食事中もついつい目が行ってしまう。

清水シェフの和食に対する情熱は、彼の名前そのままに、ロンドン西部Kensington(ケンジントン)地区のJapan House内にオープンしたAkira(明)にて、新たな料理のスタイルを提案し始めた。Japan Houseの行く末ともども、今後の展開に目が離せない。

 

5.Yashin

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Kensingtonでは、2010年にオープンしたYashin(ヤシン)グループの2店舗(Sushi & Bar/Ocean House)が老舗の貫禄を誇っている。

店の創始者でもありヘッドシェフでもあるヤッさんと シンヤさんは、店の外では漫才コンビのようなひょうきんなお兄さんたちだが、寿司カウンターに立った瞬間に、逞しい料理人へと変身する。

f:id:LarryTK:20180721234419j:plain カプチーノ味噌汁には日本人も英国人もびっくり

日本食レストランをロンドンへ持ち込んだ先駆者として、彼らは正統派の和食料理を作るだけでは物足りないようだ。イギリス人に受け入れられやすい和食とは何かを常に探求し、醤油不要の寿司やドライアイスの吹き出す刺身皿など、誰にでも食べやすく、見た目にも楽しいスタイルのメニューを次々と生み出してきた。

今もなお、魅力的な日本食材に出会うと、いかにメニューに取り込めるかと試行錯誤を繰り返している。お店を訪れるたびに新しい発見を提供してくれる私の自慢のお店だ。

 

6.Sake no Hana

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和食を食べるのは生涯初めてという英国人をランチに誘うとき、まず私が連れて行くのが、St James's Street(セント・ジェームズ通り)にあるSake no Hana(酒の花)だ。

ロンドンを拠点に高級レストランを世界へ展開するHakkasanグループが初めて手掛ける日本食レストランであり、その成功をもって今年中にジャカルタとバリに支店を出すという。

f:id:LarryTK:20180716163140j:plain 鮮烈なスタイルの透明弁当ボックス

エスカレータを上ると、眩しいほどに明るい店内が目の前に広がり、春には天井いっぱいに桜が飾り付けられる。ドレス姿の女性たちが笑顔で食事をしている。すべてが美しい。

弁当ボックスが透明なアクリルケースに入って運ばれてくるとき、私たちの常識を遥かに超えた和食の姿が提案されていることに気づかされる。しかし、料理の味には揺るぎがない。なぜなら樋渡ヘッドシェフが常にカウンターで目を光らせているからだ。ロンドンから発信される新たな和食のスタイルが、近い将来には世界の常識となるかもしれない。

 

7.Sosharu

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ミシュラン一つ星のPollen Street Socialを経営するJason Athertonが、ロンドン東部Farringdon(ファリンドン)に初の日本食レストランSosharu(ソーシャル)をオープンした。

洗練されたバーにスタイリッシュなテーブル、耳触りのいい音楽と、いま流行りのレストランが必ず揃えているヨーロピアンなファッションに、バーの真ん中にかき氷マシーンを据え、通路の壁紙に日本語の看板をプリントして、日本文化がカッコよく注入されている。

f:id:LarryTK:20180716194846j:plain 私の一番人気、抹茶ミルフィーユ

新進気鋭のヘッドシェフAlex(アレックス)の生み出す料理もまた、ヨーロッパと日本の食文化のカッコいい融合である。Alexの手にかかれば、ちらし寿司も鶏のから揚げも、彼にしか創作できない独特の魅力を発しはじめる。

Alexが日本を旅して和食の奥深さを経験するたびに、新しいスタイルの和食が次々と湧き出てくるのを見てきた。将来彼がどのような和食を生み出すことになるのか、誰も予測することはできない。

 

8.Nambu Tei

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ジャンルはコロッと一変し、私たち日本人駐在員が足繫く通う居酒屋をいくつか紹介したい。

Baker Street(ベーカーストリート)の駅前に、新橋高架下のような光景が潜んでいる。有名なシャーロックホームズ博物館のすぐ近くだ。

ここはNambu Tei(南部亭)。定番の居酒屋メニューを注文し、いいちこのお湯割りを啜っていると、昭和時代の日本にタイムスリップしたような気持ちに包まれる。

職場の同僚との忘年会には、地下階のお座敷を早めに予約して、すき焼き鍋を注文しておくことをお勧めする。ロンドンの長い長い夜を楽しく過ごす秘訣がここにある。

 

9.Seto

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ロンドン北東部のごちゃごちゃした街 Camden Town(カムデンタウン)は、居酒屋の宝庫でもある。店のスタイルは様々だが、どの店も値段はリーズナブルで、友だち同士でも気軽に入れるのがうれしい。

Seto(瀬戸)はそんな財布に優しいお店の代表格だ。一部の人たちに「聖地」と呼ばれるこのお店でたらふく飲んで食べて、閉店になるまで何度居座ったことか。

Setoの居酒屋メニューはたいへん評判が高い。餃子が最高だという人もいれば、肉野菜炒めが絶品だという人もいるが、私は敢えて締めのラーメンを挙げる。このお店は以前は「ラーメンSeto」の看板を掲げていたそうで、コース料理の最後にはお腹に優しいラーメンが必ず付いてくる。ただし、それまでの美味しい料理を食べ過ぎて、ラーメンがお腹に入らない人が続出する。そこが大問題だ。

f:id:LarryTK:20180716162700j:plain いろいろご迷惑おかけしました

 

Camden Townにあるもう一つの名店、Asakusa(浅草)も紹介しておきたい。

ロンドンに駐在する日系食品業者の皆さんに人気投票をとったところ、断トツの一位となったこの居酒屋は、浅草の雰囲気そのままのお店だ。特に、昭和のカラオケスナックのような地下階で、ロンドンで最もおいしいぬた和えを食べていると、日本人に生まれてよかったなどと感慨に耽ってしまう。

ただし、日本駐在歴のあるようなコアな日本通の英国人にも、この店はよく知られているらしい。宴会をするには早めの予約が必須だ。

f:id:LarryTK:20180809213110j:plain その名のとおりの店構え

   

10. Shimogamo

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Camden Townはロンドンにおける流行発信地であり、新しいスタイルのレストランが次々と誕生してくる土地柄でもある。

各国料理店の立ち並ぶ大通りに店を構えるShimogamo(下鴨)も、ガラス張りの向こうにバーカウンターの見えるオシャレな店構えで、他のレストランと競うように、道行く若者を振り向かせる。デートや友達とのディナーの場所を探している彼らにとって、お店選びのポイントは、オシャレなお店であることと、ちょっと風変わりな美味しい料理を食べられることだ。

2012年にここに店を構えたShimogamoは、カジュアルな居酒屋スタイルと本格的な和食を合わせて提案することで、移り気な若者たちの心をしっかりと掴み、レストラン激戦区を生き抜いてきた。さらに5年後には、このカジュアル居酒屋スタイルは、ロンドンを一世風靡しているかもしれない。

 f:id:LarryTK:20180716163350j:plain 豚の角煮で世界へ打って出る

 

Camden Townのさらに東側、Angel(エンジェル)は10年前には一人で出歩いてはいけない地区と言われていた。しかし時代は激しく変化している。Shimogamoと同じ2012年に店を構えたZen Mondo(禅問答)もまた、ロンドンの新たな流行に乗って大きくはばたく準備をしているようだ。

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11. Sasuke

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ラーメン好きの私にとって、ロンドンで近年ラーメン店が急増してきたのは、大変ありがたい風潮だ。中でも、ロンドンでたぶん唯一つけ麺が食べられるSasuke(佐助)は、私のいちばんのお気に入りである。

このお店、私が滞在していた3年の間に、実に3度も店の位置を変え、その度に私たちファンを路頭に迷わせた。一時はつけ麺がメニューから消えて、大いにハラハラさせられることもあったが、何とか今に至るまで、極太麺を濃厚スープで食べるという正統派のつけ麺を提供し続けてくれている。

f:id:LarryTK:20180812211359j:plain 今は無きSoho店

現在は、観覧車London Eye(ロンドンアイ)を目指して観光客が多数往来する通りの「裏側」に店を構える。普段あまり通ることのないその場所にSasukeの新店舗を見つけたときには、興奮を隠せなかった。そして、いつまた私の目前から隠れてしまうのかと不安になり、食べられるうちにと思ってつけ麺を注文した。結局3年間この繰り返しであり、私はこの店でつけ麺以外を食べたことが無い。

 

12. Sakagura

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Japan Centre(ジャパンセンター)の徳峰会長は、常に時代の先端を走り続けている。30年前に日本食材スーパーJapan Centreを、10年前にオンラインショップを立ち上げ、2012年にはラーメンショップShoryu(昇龍)をいち早くチェーン展開した。そして2016年、満を持して日本食レストランSakagura(酒蔵)をオープンさせた。

高級店街Regent Streetから一本奥へ入ったHeddon Street(ヘドンストリート)は不思議な通りだ。狭くて短い道の両側にレストランがギュウギュウ詰めになっていて、道の真ん中にまでテラス席を張り出している。昼間からあちらこちらで若者のグループが大騒ぎしていて、「今日はお祭りの日か」と毎日思ってしまう。

そんな通りのど真ん中にSakaguraがオープンしたとき、周囲の人々から「日本食をやる場所に相応しくないのでは」と心配する声が聞こえたが、いやいや、これこそが徳峰会長の狙いだったのである。

論より証拠、Sakaguraのテラス席に座ってみればよい。会長の懐刀、古川シェフが真心こめて準備した石焼ステーキを自分で焼きながら酒カクテルを飲んでいると、みるみる気分が高揚し、いつの間にか自分もHeddon Streetのお祭りに参加していることに気づく。隣の店の客とハイタッチしたくなってくるくらいだ。

f:id:LarryTK:20180716172622j:plain デザートに梅酒をかけて美味しくいただく

オーセンティックな高級和食を行儀よく食べるのもよいが、少し姿勢を崩して、仲間とわいわい楽しく食べるのも、和食の醍醐味ではないか。Sakaguraのコンセプトが浸透していくにつれて、英国人のお客さんが次々を来店するようになった。徳峰会長の新たなチャレンジが花開きつつある。

 

13. Tokimeite

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私が着任して間もなく、全農の経営するTokimeite(トキメイテ)がMayfairのど真ん中にオープンした。それ以来、全農の旗艦店として、さらに我が国の農産物輸出促進の前線基地として、日本国内外から大きな期待と、それと同じくらいの懸念を一身に受け止め、この店が常に難しいかじ取りを行ってきたことを、至近距離から見させていただくこととなった。

Tokimeiteに数えきれないほど足を運んだ私が学んだことは、ロンドンでは、初めて訪れる客をたちどころに満足させ、かつ、何度も訪れる客を常に飽きさせないレベルの料理とサービスを提供できる店だけが生き残っていくということと、その答えの見つけ方は、店ごとに違っていてもいいのだ、ということであった。

f:id:LarryTK:20180813180705j:plain f:id:LarryTK:20180716195134j:plain 究極の先付「八寸」

京都菊乃井の村田吉弘主人の愛弟子として、その大きな期待を受けてTokimeiteの厨房に立つ林シェフは、和食の素晴らしさを世界に広めたいという強い信念をもって、今日も包丁を握り続ける。

これまで見てきたとおり、ロンドンには、レストランの数だけの和食のスタイルが存在する。その中核にあって、Tokimeiteはどのような和食を作り出すべきなのか。多くの人々から注目を浴びるなかで、答えを出すことは外野から見えるほど簡単ではない。

私はシンプルにこう思う。林シェフの作りたいと考える和食がTokimeiteの和食だ。きっとそれは、「和食の王道」としてロンドン中のレストランに影響を及ぼすことになるだろう。すでにTokimeiteは和食の王道を目指して始動している。スタッフの皆さんの活躍を頼もしく感じつつ、末永く応援させていただきたい。

 

最後の最後に 

これだけたくさんの日本食レストランを紹介しても、まだまだ紹介し足りない。現地批評家から高い評価を受けるYen、イギリス人の絶大な人気を誇るZumaやRoka、有名人御用達の小さな居酒屋Mai Food、鮮魚店直営のSushi Bar Atariya、リピーターの絶えないCube、いわくつきのKurobuta、若者の味方Eat Tokyo、我々の御用達Miyamaなどなどなどなど。

皆さんのおかげで、私の3年間のイギリス滞在は大変充実したものとなった。私の生活を支えていただいたすべての方々に感謝させていただきたい。

最後に、3年間このブログを読んでいただいた皆さんにも感謝。また近いうちに戻ってきます!