第11回 Royal Ascot 大研究
イギリスがEUから離脱することになって、「なんてこった。イギリスはもうオワリだ。」という声をきく。そのとおりだ。これからのイギリスには、大きな変動と困難が待ち受けているだろう。
しかし、ひとつだけ確かなことがある。何百年と続いてきたイギリスの伝統、EUなんて影も形もなかった頃から受け継がれてきたイギリスの文化や習慣は、これからもちっとも変わらないということだ。
その代表格が、アスコット競馬場で開催されるロイヤル・アスコットだ。
ロイヤル・アスコットの起源は1711年に遡る。王室の居城であるウィンザー城から7マイルほど離れたこの地に、アン女王が「馬を走らせるのに最適だ」と言って競馬場を作らせたのが始まりとされる。それから300年以上もの間、イギリスの短い夏の幕開けを告げるため、ロイヤル・アスコットは毎年開催され続けてきた。
英国全土がEU残留か離脱かで揺れ動いた2016年6月もまた、ロイヤル・アスコットはいつもと変わらぬ華やかさで幕を開けた。
日本でも競馬好きの方ならロイヤル・アスコットの噂を聞いたことはあるだろう。ただ、その格式の高さゆえ、私なんてとてもとても行けないわ。と思っている人も多いだろう。
そんな皆さんに、今回は、華やかで楽しくて、そして実は誰でも参加可能な、ロイヤル・アスコットの魅力をお伝えしたい。
1.アスコット競馬場への行き方
アスコット競馬場はどこにあるのか?
アスコット競馬場は、ロンドンの西部約30マイルのところにあって、ロンドンから日帰りできる。電車なら1時間でアスコット駅に着いて、駅から10分歩けばもう競馬場だ。車でも1時間くらいで到着する。
近くのウィンザー城に住むエリザベス女王は、ロンドン中心部にあるバッキンガム宮殿との間を頻繁に行き来している。春にオバマ大統領が来英したときも、ウィンザー城で女王とランチした後にロンドンへ戻って、夕食はケンジントン宮殿だったはず。キャメロン首相が卒業したイートン校もこの近くにある。ここは、ロンドン郊外にありながら、ロンドンの中枢との強いつながりを持つ地域なのだ。
ところで、アスコット競馬場で競馬を楽しむチャンスは、ロイヤル・アスコットに限らない。
どういうことか。ロイヤル・アスコットとは、6月後半の5日間だけ、エリザベス女王臨席の下で行われる王室主催の競馬開催のことをいう。
昔は、ロイヤル・アスコットを開催する5日間しかこの競馬場は使用されなかったそうだが、現在では、7月のキングジョージ6世&クイーンエリザべスステークスなど、通常の競馬開催も行われている。8月には各国騎手対抗のシャーガーカップも行われ、毎年日本の騎手も参戦する。
これらは王室主催ではないが、アスコット競馬場の華やかな雰囲気を味わうには十分だ。夏休みにロンドン旅行を計画されている方は、ぜひ競馬場の開催日をチェックして、日程に組み込めるかどうか検討してみていただきたい。
ロイヤル・アスコットのときだけ、ウィンザー城の衛士が競馬場を警備しにくる。
2.いざ、ロイヤル・アスコットへ!
私は今回、車にて参戦した。11時頃に到着。事前に買った駐車券を提示し、誘導されるままに駐車スペースに入る。といっても、芝生の上に適当に止めていくだけだが。
車を降りてまずビックリ。周りの人々が次々とテントを組み立て始めた。テーブルの上にワインとサンドイッチを並べて、ピクニックの開始。あれれ~、競馬は見ないの??
そうなのだ。ロイヤル・アスコットの第一競走は、午後2時30分出走。なぜそんなに遅いかは後でわかる。とにかく、それまでは優雅にランチタイム。
で、競馬場はどっち?とまわりを見渡して、あっと気付く。ここ、競馬場の内馬場じゃないか。いつの間にかトンネルをくぐって場内に入っていたわけだ。
駐車場からスタンドまで、馬場を横切って歩いていく。ちなみに帰りも同じく馬場を横切る。レースの合間に観客が馬場を横断するなんて、日本では考えられないな。
3.噂のドレスコード
ロイヤル・アスコットといえば、厳しいドレスコードで有名だ。機関車トーマスのトップハムハット卿のような格好をしなければ中に入れないと思われているだろう。
アスコット競馬場は、実のところどのようなドレスコードを要求しているのか?競馬場のHPの記載を丁寧に読み解いていきたい。
その前に、入場券の仕組みを理解しておきたい。ロイヤル・アスコット開催には、ロイヤル・エンクロージャー(招待客のみ)、アン女王エンクロージャー(特別チケット)、ウィンザーエンクロージャー(一般チケット)の3つのカテゴリーがある。
アン女王エンクロージャーのチケットは誰でも買える。入場料は日によって異なるが、だいたい£70くらい。一般チケットは£25くらい。
ちなみに、ロイヤル・エンクロージャーも、招待客はチケットを買って中に入る。入場料£150。高けー
入場券の種類によって、競馬場内で観戦できるエリアが異なる。エンクロージャーとは「囲い込み」という意味。世界史で習ったとおり。場内を柵で囲い込んで、特別客用のエリアとしている。ゴール板前はロイヤル・エンクロージャー、その外側にアン女王エンクロージャーといった具合に。そして、エリア毎にドレスコードが違っている。
上の写真に見えるゲートがロイヤル・エンクロージャーの入り口。このようなゲートがいくつかあって、その内側の仕切られたエリアがロイヤル・エンクロージャーとなっている。
右の写真を見ていただきたい。手前側がロイヤル・エンクロージャーで、スタンドの真ん中に柵があって、その向こう側がアン女王エンクロージャー。人口密度が違っているのがわかるだろう。
それでは、エリアごとのドレスコードを見て行こう。
(1)ロイヤル・エンクロージャーのドレスコードは、評判通りの厳しさだ。
男性は「黒かグレーのモーニング・ドレス」と決まっていて、
・ウェストコート及びネクタイ着用
・黒かグレーのトップハット着用
・黒無地の靴着用
とある。まさにトップハムハット卿の世界なのだが、スタイルはほぼ1種類なので迷うことはない。貸衣装屋で「ロイヤル・アスコット向け一式」を借りてくるだけだ。
ちなみに、私もご縁があって「ロイヤル・アスコット向け一式」を借りて中へ。
やっぱり、日本人には、似合わね~。
一方、女性のドレスコードは次のとおり細かく決められていて、何を着ていけばいいのか迷うことこの上ない。
・ドレス・スカートは、膝上以上の適切な長さであること。
・ドレス・上着は、1インチ以上のストラップがあること。
・ジャケット・ストールがあった方がよい。ただし、その場合でもドレス・上着はドレスコードを守る必要がある。
・パンツスーツは認められる。この場合、長丈で素材・色が調和している必要がある。
・帽子着用は必須。帽子の代わりに直径10cm以上で固い素材でできたヘッドピースでもよい。
・ストラップレス、オフショルダー、ホルターネック、スパゲッティストラップは禁止。
・お腹は隠れている必要あり。
・ファシネーターは禁止。
こんなにルールが細かいと、着る服が見つからないとお困りだろうか。実際は、意外とそうでもない。
老いも若きも、みな思い思いにオシャレしている。まるで仮装大会さながらの衣装も見られる。それでもきちんとドレスコードは守られているのだ。
ロイヤル・アスコットでは、地味な服装の方がかえって目立ってしまう。自信をもってお気に入りのドレスを着て行こう!
(2)アン女王エンクロージャーでは、ドレスコードも若干緩くなる。
男性は、
・スーツ・Yシャツ・ネクタイ着用。
なので、スーツでオッケーということ。
女性は、
・帽子、ヘッドピース又はファシネーター着用。
・ストラップレス、薄生地のストラップは禁止。
・パンツは長丈。ショートパンツ禁止。
・お腹は隠れいてる必要あり。
となっている。つまり、肩とお腹をみせるな。スカートは長く。帽子をかぶってこい。ということ。ちょっとしたヨソ行きの服で大丈夫なようだ。
(3)ウィンザー・エンクロージャーでは、
・スマートな服が望ましいが、ドレスコードは無し。ただし、レプリカのスポーツシャツは禁止。
つまりは普段着でよいということ。ただ、周囲の人々の雰囲気を考えれば、それなりにオシャレしていった方がいいことは間違いない。
ロイヤル・アスコットに限らず、イギリスで競馬場へ行く機会があれば、少しばかりのオシャレをして行くことをお勧めする。なぜなら、この国では競馬場は美しく華やかな社交の場だからだ。肩肘を張る必要はない。ちょっといい服を着て、ワインやシャンパンを飲みながら、お気に入りの馬にすこしお金をかけて応援する。そんなイギリス流の楽しみ方をぜひ体験していただきたい。
4.女王陛下の到着
午後2時、スタンド前直線走路の向こう側に、エリザベス女王の乗った馬車が現れた。ロイヤル・プロセッションが始まる。昔はウィンザー城から馬車に乗って来たそうだ。つまり、女王がウィンザー城から競馬場に到着するのを待って、ようやく競馬を始めるというわけだ。だから、第一競走の発走が遅いのだ。
それはまた、女王の御召し物に全員が釘付けになる瞬間でもある。この日は、青空色のドレスにオレンジの帽子。なんと鮮やかな!帽子の色を賭けさせるブックメーカーがあったが、きっと万馬(帽)券に違いない。
女王を乗せた馬車は、メインスタンドの前をゆっくり通過する。マーチングバンドがGod Save the Queenを演奏し、一同が帽子を脱いでご挨拶する。
パドックをぐるっと1周して、女王が降車したところで、ようやく第1レースの馬がパドックに登場する。いよいよ競馬の開始である。
女王の観戦ブース。鮮やかな帽子のお陰で遠くからでもよくわかる。
5.レース開始!
ロイヤル・アスコット開催では、1日に6レースが組まれる。開始は遅いが、この時期のイギリスは日も長い(9時頃まで明るい)ので、焦ることはない。
レース自体は、通常開催とさほど変わるものではない。パドックの中も外も、トップハットと華やかな帽子で埋め尽くされるのが面白い。
パドックの観客席も、ロイヤル・エンクロージャーとそれ以外のエリアに分かれている。一般エリアは混雑しているが、馬の調子を見るには十分である。パドックの最前列に早い時間から陣取って、女王陛下の到着を待つことも可能だ。相当間近で見ることができる。
ブックメーカーも通常どおり馬券を売っている。£5か£10の単勝やガンバレ馬券を買って応援するのが、この国の競馬の楽しみ方のようだ。
この日、ロイヤル・アスコット開催3日目のメインレースはゴールドカップ(GⅠ)。2マイル4ファロン(4000m)という、日本の平地競走で最も長いステイヤーズステークス(3600m)よりさらに長い距離で争われるこのレースは、1807年から続いているというから、距離も長ければ歴史も長い、いかにもイギリスらしいレースである。
私の隣に立っていた美しいドレスの女性が、最後の直線で「○×号いけー」みたいな叫び声をあげていた。どの国でも競馬は楽しい。
長距離を走ってヘトヘトに疲れた馬と騎手が戻ってくる。優勝者には、エリザベス女王自らがトロフィーを授与するとのことで、パドックへ行ってみたが、関係者にもみくちゃにされてよく見えなかった。
6.レースの外で
レースを終えてスタンド裏に出ると、競馬そっちのけでおしゃべりに夢中な人がたくさん。ロイヤル・アスコットのもう一つの魅力は、多彩でおしゃれなお酒の数々だ。ワインにシャンパン、英国名物のピムス、もちろんエールビールも。イギリスのお酒の紹介は、また別の回に特集を組んでみたい。
優雅にアフタヌーン・ティーを楽しんでいる人たちもいる。競馬場の魅力はレースだけではない。巨大なピクニック広場、あるいはパーティー会場の真ん中で馬が走っているイメージ。
レースが終わっても帰る人は多くない。レース後にコンサートが行われる。パーティーはまだまだ終わらない。